2010/04/03

フィメール・トラブルのほうへ(前編)


もしかしたらツイッターとかでは100年前に話題になってすでに忘れられてるのかもしれないけど、私の中では日々じわじわと熱をあげているホット・トピック、それはジョン・ウォーターズの新刊から始まる。
John Waters,  Role Models
Farrar, Straus and Giroux   2010年5月25日発売予定

紹介文によると、ウォーターズがお気に入りの人物について書くことで浮かび上がるセルフ・ポートレイトとのことで、一筋縄ではいかない有名無名の人々が取り上げられているようです。それを知っても、そうか本出るのかくらいにしか思っていなかったの、でもネット上で読める(ここ)一章分の抜粋を読んだら、まさかまさかの大号泣であった。

この章では、1969年のラ・ビアンカ夫妻殺害の罪で服役中の元マンソン・ガール、レスリー・ヴァン・ホーテンとウォーターズの長きにわたる友情が描かれている。ドラッグ漬け、でマンソンに洗脳されていた19歳のときに犯した取り返しのつかない罪のために40年以上服役しているレスリーは、全力で罪を償おうとする模範囚であるため、これまで釈放のチャンスがなかったわけではない。しかし事件の衝撃はあまりに強く、未だに影響も大きいために結局は却下されている。

で、ウォーターズは実は自分も罪の意識を感じている、と告白する。「自分の初期の映画でマンソン・ファミリーの起こした事件をジョークふうに、気取ったやり方で使ったという意味では私も有罪だ。被害者の家族への配慮もなく、この悲しく残忍な事件にあってはやはり被害者だったとも言える、洗脳されきった加害者の若者たちのことなどまったく考えもしなかった」。おそらくレスリーとの友情関係の中でこういうふうに考えるに至ったということなんだろうけど、この先に続く文章の中で胸を打たれるのは、こういう人の痛みや苦しみに接して発揮される、ウォーターズのユニークな想像力だ。

例えば冒頭に近いこの部分↓を読むと泣けるしちょっと笑えるし、何よりもなぜウォーターズがレスリーに思い入れ、痛み入るのか納得できる。自分にもLSDで友情をさらに固くして「セルロイド・マッドネス」一直線に進んでいった「ファミリー」(ドリームランダーズね)がいたからこそ、レスリーの過去が無念でしょうがないんだと思うの。

レスリー・ヴァン・ホーテンを見ているといつも、彼女は殺し屋の一団とオープンカーに乗リこむ代わりに、私たちと映画を作ることだってできたんじゃないかという気がするのだった。美人で、ぶっ飛んでいて、反抗的で、大胆なファッションに趣味のいい髪型、それにLSDが好きなところ-私の映画に出てくる女の子たちそのもの。マンソンの元で「優秀な兵隊」としてレノとローズマリーのラ・ビアンカ夫妻の殺害に加わるよりも(当時の彼女はそれこそが正しい行動だと信じこまされていたに違いないが)、私たちと一緒にボルチモアにいて、ディヴァインが犬の糞を本当に食べた日(私たちにとってのテイト/ラ・ビアンカ事件)の『ピンク・フラミンゴ』のロケに参加していたならよかったのに。彼女はきっと、映画の中で反社会的にふるまう歓びやアナーキーな映画作りというものを楽しんだことだろう、少なくともビートルズが自分に直接話しかけていると信じきっていた誇大妄想狂の犯罪者が計画した「へルタースケルター」という名の間違った人種闘争と同じくらいには。レスリーがマンソンではなく私に出会っていたら、今ごろはカリフォルニア女子刑務所の代わりにカンヌ映画祭に行っていたかもしれないのに。というより、もしマンソンにも私にも会っていなければ、ロスの映画業界にでもいて、一流のスタジオの重役くらいにはなっていたのかもしれない。

(↑レスリー・ヴァン・ホーテン。写真はドリームランド・ニュースより)
そういえばクッキー・ミューラーもエッセイ集の中で、60年代後半にサンフランシスコでぶらぶらしていたら女の子たちに誘われて遊んで、「もう少ししたらチャーリーが帰ってくるから会っていったら?」って言われたけど来ないから待たなかったけど、あとから思うとあれはマンソンのことだった、って書いていた(うろ覚え)。会ったとしてもクッキーは洗脳されたりするだろうか、私の勝手なイメージではそれは考え難いよ。でも逆にまかり間違って一団に加わってしまったとしたら、クッキーのエッセイの中でよく起こる例のありえないまでのドタバタでことごとく計画を台無しにしそうなので、凶悪犯罪は起きなかったかもしれません。奇跡の人っていうのはクッキーのことだからさ。歴史とは数奇なものである。(やっぱり勝手なこと言ってしまった)

それにしても、レスリー・ヴァン・ホーテンがウォーターズや周辺の人たちと青春時代の多くを共有していたことは事実のようで、刑務所で『ヘア・スプレー』を観た彼女は「最高」と手紙を書き送ってきたらしい。「私もパブリック・ダンスとかそういう類のものに夢中になっていた時期があったの、アナハイムのハーモニー・ボールルームに行くためだけに生きていたわ。靴を選ぶ基準は木の床の上でどのくらいよく滑るか、だったほど。わかるでしょう、私の人生そのものだったのよ!」ウォーターズが「マッシュ・ポテト(ダンスのステップの名前)から(マンソンの)モンスター・マッシュへ」と呼ぶ、この転落。岡崎京子の『へルタースケルター』(おお!)の帯に書いてあった「一人の、女の子の、堕ち方」て感じだ、私この漫画を読んでいないけどずばりフィメール・トラブル的な話なのかな?

ゴロゴロゴロッと落っこちて行ってしまった、そしてどんなに後悔しても反省してもそれがなかったことには絶対にならない、それでも人生は続くレスリーに同情してはいても、この文章の中のウォーターズはレスリーのしてしまったことには被害者がいて、今日も苦しんでいるということを忘れていないし、彼の想像力はそちらのほうにも必ず及んでいく。

例えば自分とレスリーのお互いのお母さんの話をしているところ。最初は実家に送られてきたレスリーからの手紙を見て「なぜマンソン・ファミリーにうちの住所を知られなくちゃいけないの?」と言っていたウォーターズのお母さんも時がたつと「レスリー」と刺しゅうされた枕を送ってくれるようになり、刑の軽減を望むレスリーにとって、ウォーターズと知り合いであることが彼女の世間での評判を落とすことになるのではないかと心配していた(ほんとに悪い印象なんですね)彼女の母親も『I Love ペッカー』を観に来てくれるまでになった。だんだんと年をとり健康上の問題を抱えるようになったお互いの母親を思いやりながら、「親が十分長生きしてくれて本当にラッキーだった」と共感し合うふたり。「おかげでお互いに、悪名高き過去にもかかわらず、時間をかけて親との関係を取り戻すことができた」から。そして↓このように当然の流れで被害者の遺族へと思いがはせられる。


しかし、もちろん、ラ・ビアンカ家の子どもたちにはそんな母親が存在しなかったこと、その責任の一部は私の友人レスリーにあることはよくわかっている。レスリー自身が、そして彼女の支援者たちがどんなに辛抱強く待とうとも、この恐ろしい事実が変わることは決してない。(略)
 証言をする遺族の姿をテレビ画面で見ながら、あんなところにいなくてはいけないのは彼らにとってもどれだけ苦痛だろう、と考え続けずにはいられなかった。このために仕事を休まなければいけない。刑務所まで車で出向かなければいけないし、ガソリン代も払わなければならない。写真を撮られるとわかっているから、ふさわしい洋服も買いに行く。悲劇を何とか受け入れようとする彼らにとって、たびたびそういうことをしなければいけないのは、どれほどつらい試練であろうか。ラ・ビアンカ家の親類のひとりは証言している。「私たちのプライバシーは損なわれ、人には知られることのない絶望やストレス、不安や経済的なダメージに苦しみました。」


ウォーターズの想像力が被害者遺族のガソリン代やおそらくこの世でもっとも楽しくない洋服のショッピングのことに及んでいく部分を読んだり、それに上で書いたようなトラブルサムなフィメールのライフについて考えていて、違う本のことを強く思い出した。

それは、(後編に続く)

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