2012/09/20

ママ、ヒッピー、パンクシンガー


Corin Tucker Band 'Neskowin' (dir. Alicia J. Rose)

↑コリン・タッカー・バンドのニューアルバムの中の曲、「ネスコウィン」のビデオでコリンがエックスレイ・スペックスのポリに! あとやさしいお母さんと(一瞬)ヒッピー的な人にもなってる。

ネスコウィンは、オレゴン・コーストにある小さな町の名で、コリンが13歳のとき友だちの家族と一緒にそこに旅行に行ったときのことが歌詞やビデオのヒントになっているらしい。現実にあったこと、というよりは夢見ていたアドベンチャー、これからきっと起こると思ってたこと、だそうです。

一昨年、コリン・タッカーのインタビューに同席(というか便乗)させてもらって、フェミニストとしての生き方について話してるときにコリンが言っていた「それぞれが人生の中で下した決断を、お互いに尊重する」というのが、少なからず私の指針になっている。認め合って助け合って、そして変化を恐れることなかれでございます。選択や決断ができるのはいかに恵まれてるかを噛みしめつつ。

2012/08/27

生きてる途中に死んだらどうしよう

友人の内田るんさんのバンド、くほんぶつのアルバム「生きてる途中に死んだらどうしよう」が発売になっています。そして私は、るんさんによる素晴らしい歌詞を英訳させていただきました。この↑かっこいいジャケットに印刷されてるの。ぜひ手に取って、聴いてみてください。 

 どの曲も、率直な言葉遣いだけど独創的で思わず笑えるような、同時に切実に胸に迫るような詞ばかりでライブを見るたび感動してました。なので、依頼をもらってとても光栄だし、すごく嬉しかったです。 私の無茶な英語で台無しにしてないことを祈る。いつも助けてくれるボーエン、今回もありがとうございました。

 で、この音源を手に入れたら、ぜひライブにも。夢がそのまま現実になった系ドリームチームバンド (ウェブサイトより)に囲まれて歌う、るんさんの凛とした佇まい、パリッと潔い歌声を聞いていると本当になんでか涙が出て来るのです。希望が湧いて来るっていうか。

 アルバムを販売している場所など詳細はこちら(NEWSのページ)に。

  よろしくお願いします。


  完成したCDと共に、るんさん発案、RLL製作の『青鞜』Tシャツ↓を送っていただきました。クール! ずっと欲しかったの、ありがとうございました。



一人称にてのみ物書かばや。 われは女ぞ。 一人称にてのみ物書かばや。 われは。われは

2012/08/20

サイボーグって君なのかい

リン・ランドルフ《サイボーグ》1986年



「私の家の近所には製紐会社の女工の寄宿舎がある。 工場の方は少し離れた所にあるので、夏冬ともに午前六時の汽笛を合図に昼夜交替の女工の群が、静かな田圃道に賑やかな下駄の音や笑声を響かせて行き交う。(略)

 すると例の工場がこのじき傍なので、鼠色の仕事服を着て髪をモジャモジャにして、眠そうな腫れぼったい眼をしながら、工場のある横町から、小娘がチョロチョロ駆け出してきては、角のやっと戸を一、二枚あけたばかりの店に姿をかくす。それは焼芋屋と水菓子屋とを兼ねた店である。やがてそこの葭簾と引残してある戸の蔭から再び現れる娘の手は、新聞紙の袋を抱えているか、仕事服のポケットから覗くそれを抑えつけているかする。  

 私はいつもそうした小娘を見た時に恐怖に似た一種の驚きを味わった。宿無しの瘦犬のようにみすぼらしいその姿は、身丈から推せばやっと十二、三であるのに、怯えたような、そのくせ人を人とも思わぬところもあるように見えるその顔つきはどう見ても三十越した女のようであった。(略)  

 (略)子供を寝せつけて再び眠ろうとする私の耳に、ガチャン、ガチャン、ガチャン、ガチャン、とその間断ない噪音が送り込まれるとき、私の目の前にはいつもいつも、青い葡萄や細い芋を口に押し込めながらあたりを盗み見する、あのオドオドしたようなしかも大胆らしい、人間と機械と動物との合の子のような気のする薄汚い小娘が、耳を聾するような音を立てる機械の傍で終夜働いているその姿が泛んでくる」

山川菊栄「労働階級の姉妹へ」1919年



2012/08/16

FREE PUSSY RIOT! 会議


 プッシーライオットはロシアのフェミニスト・パンクスで、今年の3月にモスクワにある大聖堂で無許可で演奏を行い(それが彼女たちのいつもの演奏スタイル)「聖母様、フェミニストになって、プーチンを追い出して」と歌い始めたところを逮捕された。拘束された3人のメンバーの裁判が先月始まり、8月17日に判決が出される。(8/18追記:禁固2年の実刑判決がくだされた) 

 プッシーライオットのメンバー、ナジェージダ・トロコンニコワは判決が出る直前の手紙に書いた。「第二波フェミニズムは個人的なことは政治的なこと、と言った。つまりそういうこと。プッシーライオットの逮捕によって、フーリガニズムの罪に問われた3人の個人の問題が大きな政治的動きを生み出した。(略)多面的で大きな力を引き起こしたのだ。これが夢ではないなんて、未だに信じられない。」だから、どのような判決がくだされても自分たちはすで勝利している、と彼女は続け、次のようにしめくくる。「このように真に集合的なアクションを引き起こすことができて、プッシーライオットは幸せな気持ちでいる。その情熱の強さが証明されたこと、言語や文化やおかれた状況、経済的、政治的立場の違いというバリアを越えていること。(略)こんな奇跡をありがとう」  

  ところで上の写真は、私の友だちでシスタ、魔女でパンクスのなみちゃんとゆかちゃんがはるばる私の家に来てくれたときに撮った。静岡県のちいちゃい町の集合住宅の一室で、Free Pussy Riot!(プッシーライオットを解放せよ)という思いを表明しつつ、Let's Start a Pussy Riot!(私たちもプッシーライオットを始めよう)という決意で会議中。ローカルにでも、小さな場所からでも、むしろそれだからこそ。 

 この何ヶ月かというもの、プッシーライオットのニュースをひっきりなしに見る。特に最近はたくさんの有名な人たちが彼女たちを擁護する発言やパフォーマンスをしている(これはすごいこと)からというのもあるし、私が普段からよく見てるブログやニュースのサイトではその話題で持ちきり。それは当然と言えば当然だ。

 あるインタビューによれば、彼女たちは北米のライオットガール・ムーブメント、バンドでは特にビキニキルに影響を受けているという。自分たちとライオットガールとの共通点は「慎しみを持とうなんて思わない所、政治性の強い歌詞、フェミニスト的言説の重要性、規範的ではない女性のイメージ」であり、異なる点は「彼女たちはライブ会場でライブをしたけど、私たちは無許可の場所で演奏する。ライオットガールは西側的な平等主義の文化的な体制と結びついていたけれど、ロシアにはそれがないこと」とも語っている。

 もちろん、元ビキニキルのトビ・ヴェイルを初めとしてたくさんの(元)ライオットガールたちや、その影響を受けた若い子たちがプッシーライオットについて語り、支持し、連帯を表明するアクションを起こしている。今この時こそ、新しい何かが起きるきっかけが生まれるかもしれない、とキャサリーン・ハナは言う。「決して悪びれたりしない堂々たるパンク・フェミニストたちが世界中でつながり、自分たち自身のアートや音楽のシーンを作り出すまったく新しいモチベーションの源にも、なり得るかもしれない」と。これまで若い女の子たちに、「ライオットガール・ムーブメントのようなものを(より進化した形で、というのはムーブメントには問題も色々あった事はあきらかだから)復活させるにはどうしたらいい?」 と聞かれ続けて来たハナは、ひとつの答えの可能性を見出しているようだ。「世界中で、『私たちみんながプッシーライオット!』と叫んで行動を起こす」のはどうだろうか、と。

 アメリカのワシントン州の小さな町(とは言ってもガールズによるライオットにかけては、はかりしれない重要な歴史を持つ町)オリンピアではPussy Riot Olympiaを名乗るアクション・グループが結成された。 「プッシーライオットは、増殖し続けなければならない」声明文の中で彼女たちはそう言っている。 「プッシーライオットは、ドキドキと脈を打ち、成長していくボデイ(集合体)だ。誰か、一緒にモスクワに行って活動に参加したい人はいない? でも、もしロシアは遠すぎると思うのなら、自分の住む町で自分たちなりのプッシー・ライオットを始める事だってできる」

   

 で、自分たちなりのプッシーライオットとはなんだろう。彼女たちが抵抗する体制やプーチン的なるもの、自分たちの身の回りにもいくらでもあるそういうものを、そしてもっと重要なことには自分の中にもあるそういうものや、それを許してしまう部分を見つめ直し、抵抗すること。それをどうやって、形にしようかな? 私たちの撮った写真にはなんとなく、そういう気分が出てしまっている。そんな感じしないかしら。途方にくれてるような、ワクワクしてるような空気というか。実はこれ以外にも威勢のいいポーズをとったり、叫んだりした写真を色々撮ったけど、見てて思わず落ち込むほど気合いが空回りしてて、ダサかった。自分たちなりにこれまで思ってきたことを続けて、広げて、まずはそこからだと思う。みんな、一緒にやらない?  

追記: 判決の直後、プッシーライオットは新曲を発表した。

 

2012/08/05

Midsummer




実際のところ、ブログでどこまでライフ・ライティングしていいか、わからなくなった!

でもやるべきことは山のようにあるので、暑さに溶けてもいられない。

2012/01/28

To the Lighthouse

 「ティーンエイジの女の子のためのウェブサイト」Rookieを、ときどき見る。 90年代的な美学がかなり意識されてるように思うし、心のこもったかわいいことや若者らしい素直さが詰まっている、読者が参加するコーナーがいろいろありそうなのもいい。ティーンの頃にこれがあったらと思うもののひとつだけど、気づいてみれば自分がまさにティーンだった90年代半ば、私はここに出てくるようなティーンではなかった。こんなに知的でやわらかそうではなく、ハードボイルドでダサかった。そうか、あれは90年代じゃなかった、そういえば中世だった。『15歳は、本当の〈中世〉で・・・何も確かでなく、何も安全なものがなく、何もやってこないし、何も去っていかない』(ガートルード・スタイン Wars I Have Seen)つまり個人的にはおおかた今も中世ですね。  

 それはさておき、そうやってまた先週もRookieをあてずっぽうで眺めていると「私たちお気に入りの大人に高校生活を生き抜くためのアドバイスを聞いてみました」というコーナーがあった。その中のひとりに元le tigreで現MEN(など)のJDサムソンが選ばれていて、JDは"Keep on Livin'"の歌詞をそのまま書いておくよ、と言っている。これは2001年にクロゼットの中で悩むキッズたちに向けて書いたメッセージであり、自分は小さな町を出て初めてその外の世界にはもっともっといろいろなことがあると知ることができた、とも。この歌詞が久しぶりにそしてあまりにふいうちに目に飛び込んできた。今が何年代で自分は何歳とかは関係なくなり、いつも今だからこそと思うその気持ちで今だからこそ、私の気持ちはまた奮い立たせられる。(本当は曲のビデオを貼りたいのだけど、すごく荒いのしかないの)

 Look up to the sky sky sky  空を見上げて ほら この空
Take back your own tonight 君のを取り戻せ 今夜こそ

You’ll find more than you see 見えてるものがすべてじゃない
It’s time now now get ready さあ 時は来た 心を決めるんだ
So you can taste that sweet sweet cake and そして味わって あの甘い甘いケーキ
Feel the warm water in a lake 湖のあたたかさを感じて
What about the nice cool breeze and それに 心地よく吹き抜ける風も
Hear the buzzing of the bumblebees ミツバチの羽音も聞こえる
Live past those neighborhood lives and あの町でのことは乗り越えるんだ
Go past that yard outside and  あの前庭を通り過ぎて
Push thru their greatest fears and 彼らに恐怖をつきつけて
Live past your memories’ tears cuz  記憶の中の涙を乗り越えて 
You don’t need to scratch inside just please もう自分の内側をひっかく必要は無い だから どうか
Hold on to your pride  誇りを捨てないで
So don’t let them bring you down and さもなきゃ また 引きずり降ろされる
Don’t let them fuck you around cuz やけくそになるな  それじゃやつらの思いのまま
Those are your arms that is your heart and だって その腕も 心も 君自身のもの
No no they can’t tear you apart cuz やつらには引きちぎれない なぜって
This is your time this is your life and これは君のチャンス 君の人生を生きろ
This is your time this is your life.         いまが君のとき 君の人生を生きて
Keep on, keep on livin'      生きて! 生き続けて


自分がジン(Carson zine)を作るのは、この曲に含まれるメッセージと大きく重なるはずの何かを言いたいためなのだと思っている、私のような人に向かって。自分はおかしい、価値がない、あるいは厄介者、だから馬鹿にされたり、うとまれても仕方がないと思い、思わされることはたくさんある。ある面では自信に満ちて幸せにあふれている人にだってそういう面はいくらでもありうるし、ちょっとニュースを見れば、私たちのうち99%は馬鹿にされてだまされてる、と思うことばかりだ。それでも、だからこそ、死んだ魂をひきずって過ごす意外の道を探ることはできるはず、たぶんね。そのための勇気や心構えやふるまい方を教えくれるようなものについて、自分なりに書いているつもり。
 

 それはそれとして、JDの最近の活躍をあんまり追っていなかったのでちょっと探してみたら、ちょうど一年ほど前に出た曲のこういうビデオがありました↓ 初めて見る方は最初から最後までとばさず見ることをおすすめします。




 

「あの前庭を通り過ぎ、あの町を飛び出して」どこへと思えば、灯台へ。ずいぶん立派なペニスつけることにしたんだね、 あ、灯台か。この曲のタイトルは直訳すると「こんなに自由を感じるなんて、僕/私ったらいったい何様?」という意味だと思う。コーラスのような部分で繰り返される言葉は「こんなに自由なら死んでもいい 自由すぎてもう死にそう」「こんなに自由、絶対死ねない!」

2012/01/16

gloriabooks!

引っ越してきて初めてできた地元の友だちgloriabooksさん、でも最初に会ったのはTokyo Zinester Gathering。ブログに書いてみて思ったけどジンギャザってたくさんのことをもたらすイベント。じゃない? 私にとってはほんとにそう。ところで話を戻すと、gloriabooksさんの作品に夢中です。

ドクロうずまく砂浜の先の夜空の月やお星様が映る波間のブラックホールのようなものに突っ込む馬の背のワンピースの女の子のおちょぼ口!


色がドリーミーで少し恐ろしくて目がワクワクする。あといつも動物いっぱい。



墓場に埋まってる本の中にミランダ・ジュライ、ヨゼフ・チャペックや『ホテル・ニューハンプシャー』などと並んでCarson zineが! すっごい。


こっちでも女の子の手に。それにしてもかっこい絵だぜ



 

あと、 女の子と猫の顔が融合していくやつとか




すばらしい猫のデザインとか


こういうカードとか

 こういうお人形とかも。(この子いま私の机の上にある)

たくさんあるんだね。 gloriabooksさんの世界がはじけるtumblrや、ときどきふいに度肝抜かれる(←ほめ言葉)ブログ を見てみよう、そうしよう。ご本人はゆったりした口調のおしゃれでなごやかな方ですが、なんか不思議ね、そうだよね。

仲良くしてください。