2012/08/27

生きてる途中に死んだらどうしよう

友人の内田るんさんのバンド、くほんぶつのアルバム「生きてる途中に死んだらどうしよう」が発売になっています。そして私は、るんさんによる素晴らしい歌詞を英訳させていただきました。この↑かっこいいジャケットに印刷されてるの。ぜひ手に取って、聴いてみてください。 

 どの曲も、率直な言葉遣いだけど独創的で思わず笑えるような、同時に切実に胸に迫るような詞ばかりでライブを見るたび感動してました。なので、依頼をもらってとても光栄だし、すごく嬉しかったです。 私の無茶な英語で台無しにしてないことを祈る。いつも助けてくれるボーエン、今回もありがとうございました。

 で、この音源を手に入れたら、ぜひライブにも。夢がそのまま現実になった系ドリームチームバンド (ウェブサイトより)に囲まれて歌う、るんさんの凛とした佇まい、パリッと潔い歌声を聞いていると本当になんでか涙が出て来るのです。希望が湧いて来るっていうか。

 アルバムを販売している場所など詳細はこちら(NEWSのページ)に。

  よろしくお願いします。


  完成したCDと共に、るんさん発案、RLL製作の『青鞜』Tシャツ↓を送っていただきました。クール! ずっと欲しかったの、ありがとうございました。



一人称にてのみ物書かばや。 われは女ぞ。 一人称にてのみ物書かばや。 われは。われは

2012/08/20

サイボーグって君なのかい

リン・ランドルフ《サイボーグ》1986年



「私の家の近所には製紐会社の女工の寄宿舎がある。 工場の方は少し離れた所にあるので、夏冬ともに午前六時の汽笛を合図に昼夜交替の女工の群が、静かな田圃道に賑やかな下駄の音や笑声を響かせて行き交う。(略)

 すると例の工場がこのじき傍なので、鼠色の仕事服を着て髪をモジャモジャにして、眠そうな腫れぼったい眼をしながら、工場のある横町から、小娘がチョロチョロ駆け出してきては、角のやっと戸を一、二枚あけたばかりの店に姿をかくす。それは焼芋屋と水菓子屋とを兼ねた店である。やがてそこの葭簾と引残してある戸の蔭から再び現れる娘の手は、新聞紙の袋を抱えているか、仕事服のポケットから覗くそれを抑えつけているかする。  

 私はいつもそうした小娘を見た時に恐怖に似た一種の驚きを味わった。宿無しの瘦犬のようにみすぼらしいその姿は、身丈から推せばやっと十二、三であるのに、怯えたような、そのくせ人を人とも思わぬところもあるように見えるその顔つきはどう見ても三十越した女のようであった。(略)  

 (略)子供を寝せつけて再び眠ろうとする私の耳に、ガチャン、ガチャン、ガチャン、ガチャン、とその間断ない噪音が送り込まれるとき、私の目の前にはいつもいつも、青い葡萄や細い芋を口に押し込めながらあたりを盗み見する、あのオドオドしたようなしかも大胆らしい、人間と機械と動物との合の子のような気のする薄汚い小娘が、耳を聾するような音を立てる機械の傍で終夜働いているその姿が泛んでくる」

山川菊栄「労働階級の姉妹へ」1919年



2012/08/16

FREE PUSSY RIOT! 会議


 プッシーライオットはロシアのフェミニスト・パンクスで、今年の3月にモスクワにある大聖堂で無許可で演奏を行い(それが彼女たちのいつもの演奏スタイル)「聖母様、フェミニストになって、プーチンを追い出して」と歌い始めたところを逮捕された。拘束された3人のメンバーの裁判が先月始まり、8月17日に判決が出される。(8/18追記:禁固2年の実刑判決がくだされた) 

 プッシーライオットのメンバー、ナジェージダ・トロコンニコワは判決が出る直前の手紙に書いた。「第二波フェミニズムは個人的なことは政治的なこと、と言った。つまりそういうこと。プッシーライオットの逮捕によって、フーリガニズムの罪に問われた3人の個人の問題が大きな政治的動きを生み出した。(略)多面的で大きな力を引き起こしたのだ。これが夢ではないなんて、未だに信じられない。」だから、どのような判決がくだされても自分たちはすで勝利している、と彼女は続け、次のようにしめくくる。「このように真に集合的なアクションを引き起こすことができて、プッシーライオットは幸せな気持ちでいる。その情熱の強さが証明されたこと、言語や文化やおかれた状況、経済的、政治的立場の違いというバリアを越えていること。(略)こんな奇跡をありがとう」  

  ところで上の写真は、私の友だちでシスタ、魔女でパンクスのなみちゃんとゆかちゃんがはるばる私の家に来てくれたときに撮った。静岡県のちいちゃい町の集合住宅の一室で、Free Pussy Riot!(プッシーライオットを解放せよ)という思いを表明しつつ、Let's Start a Pussy Riot!(私たちもプッシーライオットを始めよう)という決意で会議中。ローカルにでも、小さな場所からでも、むしろそれだからこそ。 

 この何ヶ月かというもの、プッシーライオットのニュースをひっきりなしに見る。特に最近はたくさんの有名な人たちが彼女たちを擁護する発言やパフォーマンスをしている(これはすごいこと)からというのもあるし、私が普段からよく見てるブログやニュースのサイトではその話題で持ちきり。それは当然と言えば当然だ。

 あるインタビューによれば、彼女たちは北米のライオットガール・ムーブメント、バンドでは特にビキニキルに影響を受けているという。自分たちとライオットガールとの共通点は「慎しみを持とうなんて思わない所、政治性の強い歌詞、フェミニスト的言説の重要性、規範的ではない女性のイメージ」であり、異なる点は「彼女たちはライブ会場でライブをしたけど、私たちは無許可の場所で演奏する。ライオットガールは西側的な平等主義の文化的な体制と結びついていたけれど、ロシアにはそれがないこと」とも語っている。

 もちろん、元ビキニキルのトビ・ヴェイルを初めとしてたくさんの(元)ライオットガールたちや、その影響を受けた若い子たちがプッシーライオットについて語り、支持し、連帯を表明するアクションを起こしている。今この時こそ、新しい何かが起きるきっかけが生まれるかもしれない、とキャサリーン・ハナは言う。「決して悪びれたりしない堂々たるパンク・フェミニストたちが世界中でつながり、自分たち自身のアートや音楽のシーンを作り出すまったく新しいモチベーションの源にも、なり得るかもしれない」と。これまで若い女の子たちに、「ライオットガール・ムーブメントのようなものを(より進化した形で、というのはムーブメントには問題も色々あった事はあきらかだから)復活させるにはどうしたらいい?」 と聞かれ続けて来たハナは、ひとつの答えの可能性を見出しているようだ。「世界中で、『私たちみんながプッシーライオット!』と叫んで行動を起こす」のはどうだろうか、と。

 アメリカのワシントン州の小さな町(とは言ってもガールズによるライオットにかけては、はかりしれない重要な歴史を持つ町)オリンピアではPussy Riot Olympiaを名乗るアクション・グループが結成された。 「プッシーライオットは、増殖し続けなければならない」声明文の中で彼女たちはそう言っている。 「プッシーライオットは、ドキドキと脈を打ち、成長していくボデイ(集合体)だ。誰か、一緒にモスクワに行って活動に参加したい人はいない? でも、もしロシアは遠すぎると思うのなら、自分の住む町で自分たちなりのプッシー・ライオットを始める事だってできる」

   

 で、自分たちなりのプッシーライオットとはなんだろう。彼女たちが抵抗する体制やプーチン的なるもの、自分たちの身の回りにもいくらでもあるそういうものを、そしてもっと重要なことには自分の中にもあるそういうものや、それを許してしまう部分を見つめ直し、抵抗すること。それをどうやって、形にしようかな? 私たちの撮った写真にはなんとなく、そういう気分が出てしまっている。そんな感じしないかしら。途方にくれてるような、ワクワクしてるような空気というか。実はこれ以外にも威勢のいいポーズをとったり、叫んだりした写真を色々撮ったけど、見てて思わず落ち込むほど気合いが空回りしてて、ダサかった。自分たちなりにこれまで思ってきたことを続けて、広げて、まずはそこからだと思う。みんな、一緒にやらない?  

追記: 判決の直後、プッシーライオットは新曲を発表した。

 

2012/08/05

Midsummer




実際のところ、ブログでどこまでライフ・ライティングしていいか、わからなくなった!

でもやるべきことは山のようにあるので、暑さに溶けてもいられない。